坊さんブログ、水茎の跡。

小さな寺院の住職です。お寺の日常や仏教エッセーを書いてます。普濟寺(普済寺/栃木県さくら市)住職。

「道のり」のお話① ~ 道がつなぐ出会い ~ 「法の水茎」157


お寺のスイレン。

今日もキレイに咲いてくれています。


池の鯉も元気です。
今年新たな赤ちゃんが生まれました。黒い身体で背中は金色……写真の右下ですが見えますでしょうか。


掛け合わされたのかもしれません。色合いがおめでたい感じですね。
すくすくと育ってほしいと思います。


さて今までお大師さまの伝承について書き進めてきた『高尾山報』「法の水茎」ですが、今月から「道」(街道)をめぐって書いてみることにしました。お読みいただけましたら幸いです。

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「法の水茎」157(2025月7月号)



 暑中見舞いが届く時節となりました。とりわけ「夏の土用」と呼ばれる立秋前の18日)間は夏本番(今年は7月19日から8月6日)。涼しげな朝顔やスイレン、風鈴や水辺などが描かれた暑中見舞いの絵はがきは、相手の健康を気遣う、思いやりの心が詰まった一服の清涼剤でもあるでしょう。

 「暑中」は「暑中(あつさあたり)」(暑(あつ)さ中(あた)り)とも読みます。この時期は、気温の上昇とともに身体に不調が出やすいものです。夏負け(夏バテ)を防ぐためにも、昔)から「土用の丑の日には「う」の付く物を食べる」という丑の日の「う」にちなんだ風習があります。鰻にうどん、梅干しに瓜(キュウリ、スイカなど)など、栄養価の高く消化の良いものを食して英気を養いたいものです。

 一方で「土用の入りに秋風が吹く」という言い回しもあります。暑い盛りの中にあっても、どこかに秋の風が吹いているのでしょうか。暦の上では「晩夏」(夏の終わり)を迎えています。どこかに小さな秋の前触れが隠れているかもしれません。

 厳しい夏の峠を乗り越えるためには、心の休息も必要となるでしょう。

  我が心静けき時は吹く風の

   身にはあらねど涼しかりけり

     (大江千里『句題和歌』)

(私の心が落ち着いているときには、風が身に吹いてくるわけではないけれど涼しく感じられるよ)

 この「我が心)」の歌は、中国の詩人、白楽天(772~~846)の漢詩『白氏文集』の一節「但だ能く心静かなれば即ち身も涼し」(ただ心を静かに澄ませているので、そのまま身も涼しいのだ)という句を踏まえたものです。歌にある「静けし」は、穏やかに落ち着いた状態を意味します。「心頭滅却すれば火もまた涼し」という諺のように、無風の酷暑にあっても「心静けき時」には涼風が感じられるのでしょうか。なかなかこのような境地には至りませんが、せめてざわつく心の波風を抑えて、少しでも安らぐ時間を増やせていけたらと思います。

 さて本連載では、これまで34回、約3年近くにわたって、全国に残されている弘法大師空海(774~835)伝説を取り上げてきました。北は東北・北海道から南は九州・沖縄、果ては海を渡って中国大陸の彼方まで、さまざまな伝承を見ることができました。これらは取りも直さず、お大師さまが生涯にわたって追い求められた真言密教の教えが、遍く場所に行き渡っていることを物語るものです。

 こうした背景には、全国に「道」(街道)が作られていったこととも無縁ではないでしょう。例えば、日本全国を表す言葉に「五畿七道」という呼び名があります。「五畿」は、京都周辺にあった山城・大和・河内・和泉・摂津の五か国、「七道」は、東海道・東山道・北陸道・山陰道・山陽道・南海道・西海道を意味し、それらの国をつなぐ「道」が通されていきました(明治時代に北海道が加わって「五畿八道」となりました)。江戸時代には江戸を基点とした「五街道」(東海道・中山道・日光街道・奥州街道・甲州街道)も整備されます。時代とともにますます人々の往来が活発になり、さまざまな地域の文物が出会うことによって、新たな文化が生まれていきました。

 お大師さまの足跡も、高野山の霊験を諸国に説き歩いた「高野聖」と呼ばれる僧侶や、お大師さまを慕う多くの人々によって各地に伝えられていきました。そしてそれぞれの土地で混じり合うことによって、新しい伝承が生み出されていったのです。

 「道」は陸地だけのものではありません。

  世の中を何にたとへむ朝ぼらけ

   漕ぎ行く舟の跡の白浪

      (『拾遺集』沙弥満誓)

(この世の中を何にたとえたらよいのだろう。夜明け方に漕ぎ出していった舟の跡に立つ白波のようなものだろうか)

 この和歌では、船の「航跡」として残る白波がすぐに消えるように、この世は儚い「無常」の世であることを詠っています。平安時代中期の学僧、源信僧都(942~1017)は、この歌を聞いて「和歌は観念の助縁」(和歌は心静かに仏さまを観じる助け)となるものであると感激したそうです(藤原清輔『袋草紙』)。「航路」(船が通る道)にもまた仏さまの教えが込められているのでしょう。

 さらに「道」は、この世だけのものではないのかもしれません。

  つひに行く道とはかねて聞きしかど

   昨日今日とは思はざりしを

      (『古今集』在原業平)

(人生の最後に行く道だとは以前から聞いていたけれど、それが昨日今日のように迫ったものとは考えてもいなかったよ)

 『伊勢物語』の最終段(125段)にも置かれた、在原業平(825~880)の辞世の句とも伝わる歌です。「死出の旅」という言葉もありますが、人生の終わりの先にも、もしかしたら険しい山道が続いているのでしょうか。まだ見ぬ「あの世への道」にも思いを馳せます。

 道には「陸路」や「航路」、「線路」や「空路」など、さまざまなものがあります。現代であればSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)のような「電子回路」も含まれるでしょう。お大師さまが切り開かれた一途な「信仰の道」は、さまざまな「道」を辿りながら世界へと広がり、御誕生1250年を経てもなお、私たちの心の拠り所として生き続けていらっしゃるのです。 



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最後までお読みくださりありがとうございました。