今日は夏至です。
本格的な夏を前にして、これから少しずつ日が短くなっていくのですね。
ご法事で夏至と仏教について話そうかと思いましたが、春分・秋分・冬至と違って、なかなか思いつきません。「夏」(げ)という言い方から、何か関わりがありそうですが……
お互いに誉め合っているかのようです。時が止まった美しさです。
今回の文章は、「無常」をテーマに、新時代の幕開けについて書いたものです。
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「法の水茎」83(2019年5月記)
この5月より新天皇がご即位され、いよいよ新元号「令和(れいわ)」が始まりました。
皆さまはこの「令和」という元号を、どのように受け止められましたでしょうか。私は発表の瞬間をテレビで観ていましたが、新元号が書かれた額が掲げられる前に、少し机との隙間から漢字の上の方の「人」(ひとやね)が見えたので、1文字目は「命」なのかと思いを廻らしました。「令和」という文字と響きと聞いたとき、これで平成が終わるという寂しさと、新時代の幕開けを感じる喜びとが入り交じって、なんとも言葉では言い表せないような気持ちになったのを覚えています。
その後「令和」は、日本最古の歌集である『万葉集』の一節が出典と発表されました。
時に、
初春の令月(れいげつ)にして、
気淑(きよ)く風和(かぜやわら)ぐ。
梅は鏡前(きょうぜん)の粉(ふん)を披(ひら)き、
蘭は珮後(ばいご)の香を薫(かお)らす。
(『万葉集』「梅花の歌」序)
(時まさに新春の喜ばしい月、空気は心地良く風は穏やか。梅は鏡の前の白粉(おしろい)のように白く咲き、蘭は身にまとったお香のように芳しい香りを漂わせている)
奈良時代の天平2年(730)正月13日(太陽暦では2月8日)、公卿で歌人でもあった大伴旅人(おおとものたびと)(665~731)の邸宅において、新春の宴が催されました。そこに集った人々によって詠われた「梅花の歌三十二首」に対する序が、令和の出典として選ばれたのです。
前半の、「初春の令月にして、気淑く風和ぐ」の箇所は、日本でも広く読まれた中国の詩文集『文選(もんぜん)』を踏まえていることや、中国の書家として有名な王羲之(おうぎし)(303~361)「蘭亭序(らんていじょ)」の、
是の日や、
天、朗らかに、気清く、
恵風和暢(わちょう)せり。
(王羲之「蘭亭序」)
(この日、天朗らかに、空気は清らかに澄んで、心地良い風が穏やかに吹いている)
を範としていることなどが既に指摘されています。この「蘭亭序」は、中国の珠玉の詩文を集めた『古文真宝(こぶんしんぽう)』という書物にも収められていることから、詩文の模範として、多くの人に読み継がれてきた漢詩でしょう。
序の後半、「梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」の箇所は、「梅」と「蘭」、「前」と「後」が対句として用いられており、格調高い文章となっています。時代は下りますが、嵯峨天皇(786~842)の「閑庭(かんてい)の早梅」という漢詩にも、
庭前、
独り早花の梅有り
上月(じょうげつ)風和らぎて、
満樹(まんじゅ)開く
(『経国集』)
(庭には早咲きの梅のみが香っていて、空には上弦の月がかかり、風も和らいで梅が咲き溢れている)
として、穏やかな春風のもとで白梅を愛でる様子が詠われています。こうした季節の移ろいに思いを馳せ、自然を慈しむ心持ちは、中国・日本を問わず東アジアに共通する美意識といえるでしょう。ここでは漢詩の一節のみを取り上げましたが、「梅花の歌三十二首」をはじめとする全体を読み進めることによって、さらに古の人々の「まこと」(真心)が立ち現れてくるものと思います。
季節は1年でもとりわけ「気淑く風和ぐ」(心地良く風は穏やかな)折節を迎えています。
影ひたす 水さへ色ぞ 緑なる
四方(よも)の梢の 同じ若葉に
(『六百番歌合』藤原定家)
(影を写す水の色までも緑に見えるよ。辺り一面の木々の梢が全て同じ若葉なので)
「高尾山十景」に選ばれた「四号路のブナ芽吹き」も、そろそろ新緑へと移り変わる頃でしょうか。高尾山は、東京近郊では非常に珍しいブナ林の宝庫でもあります。
ブナの木が、山の麓から山頂へと芽吹いていく様子を「峰走り」と言います。それはまるで、先日までの桜色の上着を脱ぎ捨てて、新緑の夏衣をまとったかのような装いです。
野辺の色も 春の匂ひも をしなべて
心染めける 悟りにぞなる
(西行『山家集』)
(秋の野辺の色も、春の花の匂いも、すべてが仏様のお姿。幸せそのものです)
この爽やかな5月に、ブナの峰走りを眺めながら、高尾山に分け入ってみませんか。お山は今、春の桜、秋の紅葉にも劣らない、みずみずしい若い息吹に溢れています。新しい時代の幕開けを祝いつつ、古の人々が自然の移ろいに思いを馳せたように、可愛らしい若葉に「お芽出度う」(おめでとう)の気持ちを贈ってみてはいかがでしょうか。
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最後までお読みくださりありがとうございました。