梅雨入りして雨の日が続いています。
梅の実もたわわに実っています。
お寺には古木の梅が数本あります。高いところには手が届きませんが、重さにして20キロ以上は収穫できそうです。
さて、いよいよお大師さまのお誕生日が近づいてきました。
今月の「法の水茎」も「弘法大師空海のお話」です。満濃池の治水工事伝説について書いてみました。お読みいただけましたら幸いです。
※ ※
「法の水茎」132(2023年6月号)
去る5月24日、国連教育・科学・文化機関であるユネスコは、歴史的な文書類の保存を目的とする「世界の記憶」に「智証大師円珍関係文書典籍―日本・中国の文化交流史―」を登録すると発表しました。智証大師円珍(814~891)は、平安時代に唐に渡って密教を学び、帰国後は園城寺(滋賀県大津市)を再興されました。母親は佐伯氏の出身で、弘法大師空海(774~834)の姪にあたると言われています。
円珍については、説話集『十訓抄』に「天竺、震旦はさてをきつ。我朝にとりても弘法・伝教・慈覚・智証の四大師をはじめ奉りて、菩薩、和尚号を蒙らるる類」(インド・中国はともかく、日本の、弘法大師・伝教大師・慈覚大師・智証大師の4人の大師を始め、菩薩号、和尚号を頂戴した方々)と見えるように、弘法大師空海、伝教大師最澄(767~822)、慈覚大師円仁(794~894)などの祖師方とともに「四大師」のお一人として数えられます。
ユネスコ「世界の記憶」には、京都の東寺(教王護国寺)に所蔵される「東寺百合文書」も既に登録されています(平成27年(2015))。密教に関わる貴重な史料群が、末永く未来へと受け継がれていくことを切に念じます。
こうした嬉しいニュースを耳にしながら、季節はいつの間にか梅雨の時期を迎えました。気象庁が発表する「梅雨入り」も気になりますが、「雑節」と呼ばれる日本の生活文化から生まれた暦の中に「入梅」があることをご存知でしょうか。雑節には「入梅」の他にも「節分」や春秋の「彼岸」、先月取り上げた「八十八夜」や「半夏生」などが含まれています。これらは季節の節目として、変化の目安となる日でもあります。
雑節の入梅は、毎年6月11日頃。おおよそこのあたりからの1ヶ月間は、雨模様の日が続きます。気が滅入る日々となるかもしれませんが、庭に咲いた薔薇や紫陽花、睡蓮や梔子など、雨が似合う花々を愛でながら、香りも楽しみつつ、元気に乗りきって行ければと思います。
五月雨の晴間に出でて眺むれば
青田涼しく風わたるなり
(『良寬歌集』)
(梅雨の晴れ間に、外に出てあたりの景色を眺めてみると、青々と広がる田んぼに、初夏の涼しい風が吹き渡っている)
梅雨の晴れ間を「五月晴れ」と言います。この歌を詠んだ良寬和尚(1758~1831)は、湿り気のある晴天の空のもと、青々と広がる稲田の光景を見渡したのでしょう。たっぷりの水や養分を吸収しながら生育している稲にまじって、良寬さんにも爽やかな薫風が吹き抜けています。水を湛えて輝く水田に心癒やされつつ、今年の五穀豊穣を願ったのかもしれません。皆さんも時には戸外を散策して、四季折々の風情を肌で感じてみてはいかがでしょうか。
これまで数回にわたって、『今昔物語集』に見える空海伝を読み進めてきました。お大師さまには数多の伝説が残されていますが、その中にはこうした水田を潤すような治水工事にまつわる話も語り継がれています。
今は昔、讃岐国那珂郡(現在の香川県仲多度郡まんのう町)に満農の池という大きな池がありました。高野の大師(弘法大師)がこの国の人を哀れんで、多くの人を集めて築かれました。
池の周りは遥かに遠く堤も高いので、とても池とは思われず、まるで海のように見えました。向こう岸が幽かに見えるほどなので、その広さが思いやられます。
この池は、作られてから長い間崩れることがありませんでした。そのおかげで、その国の者が稲作をするときには、旱魃のときでもこの池の水によって助けられ、皆この上なく喜び合っていました。
池には上流から幾筋もの川が注ぎ込んでいました。いつも水がたっぷりあって干上がることはありません。池には大小の魚がたくさん棲み、これを国の者がとっていましたが、多くの魚が生息して満ちていたので尽きることがありませんでした。
(『今昔物語集』)
お大師さまは土木の達人でもあったのでしょう。「竜の住処」(『今昔物語集』)とも伝わる満濃池は、弘仁12年(821)、空海が中心となって築造された日本最大級の灌漑用の溜池(人工の池)です。古くから日照りに苦しんでいた人々は、讃岐国(香川県)の出身で「百姓恋慕すること父母のごとし」(民から父母のように恋い慕われていた)空海の派遣を強く望みました(『日本紀略』)。その思いに応えるように、空海は民衆のために一心に尽力したのです。
菩薩の用心は皆、
慈悲をもって本とし、
利他をもって先とす。
(空海『秘蔵宝鑰』)
(すべて修行する人は、温かな心を基として、自分よりも他者の幸せを優先する)
偉業を成し遂げる礎には、揺るぎない心がけ(用心)があるのでしょう。「慈悲利生」(思いやりから生まれる恵み)を心がけながら、お大師さまの1250年のお誕生をお祝いしたいと思います。
※ ※
最後までお読みくださりありがとうございました。