坊さんブログ、水茎の跡。

小さなお寺の住職です。お寺の日常や仏教エッセーを書いてます。

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「時間」のお話⑪ ~久遠の循環の中で、「無窮」と「困窮」、私利私欲を捨てた生き方 ~ 「法の水茎」95

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冷たい雨が降り続いています。

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池の周りにはカキツバタ(杜若)が咲き始めました。
花言葉は「幸せは必ずくる」。
平穏な日常を、じっと待ちわびているかのようです。


今月の私の文章は、引き続き「時間」をテーマに、時が限りなく遠い「久遠」(くおん)について書いてみたものです。はるか昔の仏さまの姿を思い返しながら、辛い現代をどのように生き抜いていくべきかを考えてみました。よろしければ、お読みいただけますと幸いです。

     ※      ※

「法の水茎」95(2020年5月記)

 


 4月16日より緊急事態宣言の対象地域が日本全国に拡大されました。一刻も早い収束を祈念するとともに、医療従事者の方々をはじめ、最前線で闘う皆さまに心よりの敬意を表し、感謝申し上げます。

 季節は晩春から初夏へと移ってきました。桜の花びらを散らした風も、今は清々しく感じます。新緑の衣をまとった山野を眺めれば、鯉のぼりが心地良さそうに5月の空を泳いでいます。

  人もなき 宿に匂へる 藤の花
   風にのみこそ 乱るべらなれ
       (『貫之集』)
(誰もいない家の庭先に香っている藤の花は、風によってのみ乱れるものらしい)

 この時期は藤の花にも目が留まります。吹き抜ける風の訪れを知らせるように、甘い香りを放ちながら花房を揺らしているのでしょうか。『枕草子』には、「藤の花は、しなひ長く、色濃く咲きたる、いとめでたし」(藤の花は花房が長く、色が濃く咲いているのが、たいへん素晴らしい)と綴られています。濃紫のゆったりとした花房に、古の人々は高貴な清らかさを感じていたのでしょう。

 藤の花については、鴨長明(1155頃~1216、出家して法名・蓮胤)の『方丈記』にも、「春は藤波を見る。紫雲のごとくして西方に匂ふ」(春は藤の花を見る。まるで紫の雲のように西の方に咲き乱れている)と見ることができます。長明は、風に揺れ、波のように美しく咲いている「藤の花」を「紫の雲」に見立てました。

 この「紫の雲」とは、仏教語の「紫雲(しうん)」を訓読したものです。「紫雲」は、良いことが起きる前触れでもあり、仏道修行者にとっては「臨終の際に、西方の極楽浄土から仏(阿弥陀如来)が乗って迎えに来る雲」でもありました。西の空に光り輝く紫雲は、極楽に往生したことを知らせる珍しい瑞雲だったのです。「紫雲天華(しうんてんげ)」(極楽では紫の雲が棚引き、空中に花が咲く)という言葉があるように、長明は、藤の色香を愛でながら、西方極楽浄土の姿を心に観想(真実を見つめること)していたのでした。

 ちなみに、中国には「紫気東来(しきとうらい)」(高貴な気は東から来る)という格言があるそうです。紫気(紫色の雲)はやはり縁起の良いものとして用いられていますが、日本では西から、中国では東からやって来るところが面白くも感じます。

 さて、長明が願った阿弥陀如来は「久遠仏(くおんぶつ)」とも称されます。「久遠」とは「時が限りなく久しく、遠いこと」を意味し、「現在から見た遠い過去、または現在から見た遠い未来」を表します。人間には想像もできないほどの時間感覚ですが、遙か昔から無数の人々を教え導いてきた仏さまを祈ることは、辛い世を生きる上での心の拠り所となるものでしょう。

 お釈迦様もまた「久遠仏」と呼ばれます。何度も生まれ変わりを繰り返しながら、さまざまな修行を積まれた姿をお示しになりました。その中には、次のような燃燈仏(ねんとうぶつ)という仏様と出会った時のことも語り継がれています。

 過去久遠の昔。お釈迦様が儒童梵士(じゅどうぼんじ)(善慧仙人(ぜんえせんにん))と呼ばれていた頃のお話。鉢摩(はつま)という国に燃燈仏が通りかかりました。人々は道路を直して清掃し、香を焚いたりしてお迎えの準備をしていました。

 ところが道が完成する前に、多くの弟子を随えた燃燈仏が現れなさいました。儒童は、近くにいた女性から5茎の花を買い求め、他の人々とともに花を仏の頭上に散らして綺麗に飾りました。すると不思議なことに、儒童が投げ上げた蓮華だけは空中に留まり、妙香を放ちながら花を開かせ、地に堕ちることはありませんでした。

 さらに、儒童は身に付けていた鹿皮の衣を脱いで泥地を覆い、足りないところは自らの髪を解いて地に敷きました。そして、「仏よ、どうぞ私を踏んでお通りください」と申し上げたのでした。

 その姿を見た燃燈仏は、「儒童よ、そなたはいずれ仏(釈迦如来(しゃかにょらい))となるであろう」と、未来に必ず成仏することを予言なされました。
             (『瑞応経』など)

 儒童のひたむきな心によって、辺りは清らかな空気に包まれました。燃燈仏の足元を汚さないために、泥道に横たわって顔を埋めた心境とは、どのようなものだったのでしょう。

 こうした久遠の昔の物語に思いを馳せ、現代に活かしていくことは、とても大切なことです。「久遠」と同様の言葉に「無窮(むきゅう)」(果てしなく限りないこと)がありますが、私たちの周りには、どこにも行き場のない「困窮(こんきゅう)」の極みの方もいらっしゃいます。儒童のような私利私欲を捨てた行動が、今こそ求められているのではないかと思います。

  過去久遠の大悲の光、
  いづく不到の所ならん
        (謡曲「盛久」)
(過去久遠の大慈悲心(だいじひしん)(仏が人々をいとおしみ、楽しみを与え、苦しみを取り除く心)の光は、どこに届かない場所があるだろう。時を超えて、すべてに光が射し込んでいる)

 爽やかな5月の風に梢を揺らす木々や、可憐な野辺の草花にも、分け隔てなく光が降り注いでいます。心を澄ませば、目に映るすべてのものが仏さまのお姿そのものに感じます。遠い昔から続く「久遠の循環」を心に観じつつ、再び平穏な日々が訪れることを願います。

     ※      ※

最後までお読みくださりありがとうございました。

 

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