坊さんブログ、水茎の跡。

小さなお寺の住職です。お寺の日常や仏教エッセーを書いてます。

「不両舌」のお話①~二枚舌、裏切りの心~「法の水茎」52

この陽気で、花々がいっせいに咲きそろいました。

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ボタン

光背のように咲く紫のボタンに、仏さまもうれしそうに微笑んでいます。


今回の文章は、十善戒の「不両舌(ふりょうぜつ)」をテーマに、二枚舌の言動について書いたものです。
 
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「法の水茎」52(2016年10月記)




 天高く馬肥ゆる秋。清涼な空気とともに、待望の実りの秋を迎えました。思いっきり深呼吸をしながら空を見上げてみると、高く澄み渡った青空には、さざ波のような鱗雲がゆったりと流れています。

  秋風に 初雁が音ぞ 聞こゆなる
   誰が玉章(たまずさ)を 掛けて来つらむ
        (『古今集』紀友則)
(秋風が吹いて、北国から渡ってきた雁の声が聞こえてくる。誰の手紙を持ってきたのだろう)

 雲を追い越す渡り鳥の群れは、いったいどこを目指しているのでしょうか。雁は手紙を運ぶ使いとも言われますが、一夏の思い出を携えて、想いを寄せる人のもとに急ぎ向かっているのかもしれません。慌ただしい中にも、恋しさが募る季節です。

 秋の天気が変わりやすいように、心模様も日々揺れ動きます。昨日は晴れやかな心持ちだったのに、今日はどんより掻き曇ったり……人の心は一様ではありません。

 言葉も同様です。時には前に話したことと、後で話したことが違ってしまう場合もあるでしょう。自分では意識していなくても、相手には「嘘」をついたと思われたり、「二枚舌」を使ったと受け取られたりしてしまうこともあります。

 「一口両舌(いっこうりょうぜつ)」という熟語があります。前後で矛盾したことを話す様を指しますが、この「両舌」とは、仏教語で「陰口を叩く」「両方の人にそれぞれ違ったことを言って、仲たがいさせる」という意味です。仏教では「両舌」は十悪の一つとされ、「口汚い言葉で、嘘を言わないこと」(不悪口(ふあっく))が、日常生活において求められています。

 ちなみに「嘘」を責められたときに、「口笛」を吹いて誤魔化したりしますが、古くは「嘘」という言葉は「口笛」とも呼ばれていました。口笛のように柔らかく鳴く「鷽(うそ)」という鳥は、ここから名づけられたと伝えられています。

 「イソップ物語」を翻訳した仮名草子『伊曾保物語(いそぼものがたり)』(江戸時代初期成立)には、「二枚舌」をめぐるコウモリ(蝙蝠(こうもり))の話が収められています。

 ある時、鳥と獣の仲が悪くなり、戦いに及びました。そのうち鳥の軍勢が負けそうになり、「もうこれが最後」と見えたとき、鳥方についていたコウモリは、上手く言いつくろって相手の軍に寝返ります。

 鳥たちは嘆き悲しみます。「コウモリでさえ味方を裏切った。もうどうしようもない」と。すると、そこに居合わせた鷲(わし)が「何を落ち込んでいるのだ。我がこの陣にいることを頼もしく思え」と強く語ると、再び獣の陣に押し寄せ、雲行きが変わると、互いに和睦を結んで帰ってきたのでした。

 鳥たちは口々に言い合います。「コウモリの二心(ふたごころ)に、どのような罰を与えようか」と。すると古老が口を開きました。「これ程の者を罰しても無駄なこと。今日からは鳥としての交わりを止めよう。もう昼間に飛び回るのではないぞ」とコウモリを戒めると、鳥としての翼を剥ぎ取ります。その後は、紙をはり重ねた衣類を纏うことによって、何とか日暮れにだけは出られるようになったのでした。

 このように、人も親しい間柄を捨てて、無益な者の仲間に入ってはいけません。近しい肉親のことを考えなければ、自然の道理にも外れてしまうのです。
              (『伊曾保物語』)

 コウモリは、「二心」(裏切りの心)から生じた「二枚舌」によって、鳥の仲間から追いやられました。この話は、

  六親不和にして
  三宝の加護無し
(親類縁者の仲が悪いようでは、どんなに信心しても神仏の助けは得られない)

という諺にも相通じるものがあるでしょう。

 コウモリは「飛翔する唯一の哺乳類」です。空中を飛ぶ能力を持ちながら、鳥類を破門されたコウモリを、私たち人間はどのように眺めたら良いのでしょう。同じ哺乳類の仲間として、「二枚舌」の言動は、とても他人事には思えません。

  邪貪(じゃどん)にして
  厭(あ)き足ること無く、
  両舌(にまいじた)にして
  親友を離す。
      (『分別業報略経』)
(欲深く満足を知らないで、嘘をついて心の友を引き離す)

 鳥には「二心(にしん)」(迷う心)が無いのでしょうか。秋空に美しい隊列を組む雁行(がんこう)のように、上昇気流に乗り、心一つに飛翔したいものです。


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最後までお読みくださりありがとうございました。