坊さんブログ、水茎の跡。

小さなお寺の住職です。お寺の日常や仏教エッセーを書いてます。

「身体」のお話②~幸せを追い求めて、捨て身の修行~「法の水茎」32

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枝垂れ桜が満開を迎えています。

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枝垂れ桜

風に吹かれた花びらが、修行大師の頭上に降り注ぎます。
境内の中でも好きな木の一つです。ぜひご覧になっていただければと思います。


今回の文章は、六根の「身」をテーマに、節分や、お釈迦様の入滅について書いてみたものです。


    ※      ※

「法の水茎」32(2015年2月記)




  福は内 鬼は外

 2月に入ると「節分」の行事があります。節分とは「季節の変わり目」の日のことで、本来は1年に4回あり、立春、立夏、立秋、立冬の前日を意味します。それがいつしか、節分と言えば立春の前日のこととなりました。冬から春へと移り変わるこの日は、四季の締めくくりとして「冬の大晦日」とも言えるでしょう。

 2月の節分には豆撒きが行われます。もともとは疫鬼(疫病を流行らせる悪神)を追い出す作法として「追儺」「鬼やらい」とも呼ばれ、12月の大晦日の夜に行われていました。やがて室町時代頃(1400年頃)から、節分の行事になったと伝えられています。

 高尾山薬王院においても、節分にはその年の歳男・歳女に当たる皆様が、厄除開運のために大本堂に集い、御貫首大導師の「福は内」の御発声とともに一斉に豆を打ちます。お山に参詣に訪れた大勢の方々も、福に与ろうと「福豆」を求め、春からの無病息災(健康)を祈ります。

 私も幼い頃、豆撒きの後は年の数だけ豆を食べると災厄(災い)を免れると親から教えられ、口にするのが楽しみでした。一つ一つ数えながら手にした豆の数に、自分の成長を感じた日でもあったように思います。

 節分の夜が明けると、いよいよ春の到来です。

  夜、残更に何として
  寒磬尽きぬ
  春、香火に生つて
  暁炉燃ゆ
  (『和漢朗詠集』「立春」)
(まさに冬の夜が明けようとして、読経で叩く寒々とした磬(僧が打ち鳴らす仏具)の音も絶えた。春が焼香の火に宿って、明け方の香炉が燻っている)

 いつものように仏前に香を捧げても、そこにはもう春の煙が立ちのぼっているのでしょう。

 窓を開ければ、春の気配は外の面にも感じられます。

  雪のうちに 春は来にけり 鶯の 凍れる涙 今や解くらむ
                  (『古今集』二条后)
(雪景色の中に、春がやって来たことよ。冬の間、凍っていた鶯の涙も、春が来て今は解けているだろうか)

 立春とは言え、まだまだ冷気を感じます。本格的な花(桜)の盛りは「立春より七十五日」(『徒然草』161段)とも言われますが、冬の間は寒さに震え泣いていた鳥たちも、早春の花の香りに誘われて、少しずつ麗しい鳴き声を響かせてくれることでしょう。

 ちなみに立春は、仏教では「八王日」の1つとされます。八王日とは、立春・春分・立夏・夏至・立秋・秋分・立冬・冬至の8日を指します。この日は、人間のことを担当する天地の神々が交代する日と言われ、特に身を慎み、諸々の神に祈る日とされています。春分・秋分にはお彼岸の法要を営むように、立春もまた身を浄め、心のざわめきを鎮めます。

 旧暦2月15日は、お釈迦様が入滅(仏が亡くなること)なされた日です。以前の「高尾山報」(589号・601号)にも書かせていただきましたが、この日寺々では「仏涅槃図」を拝しながら、お釈迦様の慈しみを思い慕う「釈尊涅槃会」が執り行われます。

 仏教を厚く信仰し興隆につとめた聖徳太子(574~622)は、生後4ヶ月で言葉を話し、次の年の2月15日の朝には、自ら東から昇る太陽に向かって掌を合わせ、「南無仏」と唱えて拝まれたそうです(『聖徳太子伝暦』など)。「南無仏」とは、仏様に心と身を捧げることを言い、この太子2歳の時のお姿は、現在も「南無仏の太子像」として尊ばれています。

 2月15日のお釈迦様の入滅の日を巡っては、次のような話も伝わっています。

 平安時代のこと。理満という僧侶がこんな夢を見ました。自分が死んで野原に捨てられていたところ、百千万の犬が集まり来て私の死骸を食べています。「なぜだろう」と不思議に思っていると、空から声が聞こえてきました。

 「理満よ、これは本当の犬ではない。昔、天竺の祇園精舎(インドのお寺)で仏の説法を聞いた者たちだ。今、お前と結縁(仏道に入る縁を結ぶこと)しようとして仮に犬の姿となって現れたのだ」と告げます。

 夢から覚めた理満は、今まで以上に仏道修行に励み、さらに次のような誓いを立てました。「お釈迦様の入滅日である2月15日に、私もこの世から別れよう」と。

 そして長年の願いが叶って、苦しむこともなく2月15日の夜半に亡くなり、正しく極楽往生を果たすことができたのでした。
         (『今昔物語集』など)

 ここに登場する僧侶は、夢のお告げによって決意を新たにしました。お釈迦様と同じ日に亡くなるという高い望みは、ますます仏道修行へと心を奮い立たせたことでしょう。それは言わば、幸せを追い求めての「捨て身の修行」(捨身の行)であったと思われます。

 理満は亡くなる前にお経の一節を口ずさんでいます。

  是名持戒行頭陀者
  則為)疾得無上仏道
    (『法華経』見宝塔品)
(戒を保って修行を行う者は、早く最上の悟りを得る)

 「戒」とは、心と身の過ちを防ぐための仏様の教えです。戒を守り、心の中の鬼を追い払うことにより、今までは気づかなかった生き「甲斐」が生まれ、新しい幸福が訪れてくるのでしょう。

     ※      ※

最後までお読みくださりありがとうございました。

 





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