シャガの花が見頃を迎えました。
花びらが独特ですね。
日陰で花を咲かせることから「反抗」という花言葉があるようです。
こちらはお寺の境内墓地。
爽やかな風が吹き抜けています。
この中に持ち主の分からないお墓があります。
こちらです。
高岡家のお墓ですが、お檀家さんに高岡さんはおらず、この辺でも少ない名字かと思います。
お戒名、
「覺善尊長清居士」
「寒空玅導清大姉」
と見えます。ご夫妻でしょうか。
側面には年号と施主のお名前が見えます。
「明治四十四年三月廿三日
明治三十三年十二月七日
施主 高岡誠作建之」
100年以上前のお墓ですね。
実は、この高岡さんのお墓ですが、お寺から1キロほど離れた墓地にも残されています。
「経塚」と呼ばれる地域の共同墓地です。晴れた日は男体山が綺麗に見える場所です。
近くには延命地蔵様も祀られています。
(過去記事です)
共同墓地の一番奥にあるお墓。
お戒名も刻まれています。
側面には、
「大正九年十一月十二日
高岡□□建之」
と見えます。お名前が削られていますが、お寺の墓地にあった「誠作」さんではなさそうです。
反対側にはお名前が刻まれていますが、もう見えづらくなっています。
両脇の墓石。
江戸時代の享保年間(1716~1736年)の年号も見えます。
共同墓地を管理されている方も、高岡さんがどのような方か分からないそうですが、きっとご縁のある方だろうと言うことで皆さんで守られているそうです。
どのような方だったのでしょう。いつか御子孫様にお目にかかれる日があればと願っています。
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最後までお読みくださりありがとうございました。