坊さんブログ、水茎の跡。

小さなお寺の住職です。お寺の日常や仏教エッセーを書いてます。

「時間」のお話⑫ ~過去・現在・未来、仏の教えは上から下に流れる ~ 「法の水茎」96


梅雨らしい一日です。
お参りの方はいらっしゃいませんでしたが……

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大きな純白の傘が、寄り添って花開いていました。

今月の私の文章は、引き続き「時間」をテーマに、過去・現在・未来の三世について書いてみたものです。よろしければ、お読みいただけますと幸いです。

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「法の水茎」96(2020年6月記)

 

 梅雨期を迎えて、曇りや雨の日が続いています。日によっては、今にも降り出しそうな梅雨雲が、季節外れの冷え込みを運んでくる場合もあります。皆さまにおかれましては、くれぐれも体調を崩されませぬよう、引き続きご自愛いただければと思います。

  つくづくと 軒の雫を ながめつつ
   日をのみ暮らす 五月雨の頃
           (西行『山家集』)
(軒先を伝う雨の雫を眺めながら、一日中物思いに耽る五月雨の頃であるよ)

 この時期に降る長雨を「五月雨(さみだれ)」と言います。歌を詠んだ西行(1118~1190)は、小止み無く降る「長雨」を「眺め」ながら、どのような心持ちで一日を過ごしていたのでしょう。初句「つくづくと」には、「手持ち無沙汰で、何もすることがない様子」のほかにも、「心に深く沁み込んで、注意深く見聞きする」という意味もあります。私には「つくづく」という響きに、「ぽつぽつ」という途切れ途切れの雨音も感じられます。西行は、どんよりとした梅雨空を見上げながら、晴れ間の光をぼんやりと待ち望んでいたのでしょうか、それとも逢えない誰かをひたすら思い慕っていたのでしょうか。

 仏教語に「一夏(いちげ)」という言葉があります。旧暦4月16日から7月15日までの夏の90日間を指します。インドの僧侶はこの雨期に、外出によって無意識に草木を傷つけたり、小さな虫を踏んだりしないように、一つの場所に籠って「夏安居(げあんご)」という修行に入ります。雨の季節に身を清め、日ごろ積み重ねた罪を反省しながら、神仏に祈りを捧げているのです。

 西行には、このような歌もあります。

  皆人の 心の憂きは 菖蒲草(あやめぐさ)
   西に思ひの 引かぬなりけり
           (西行『山家集』)
(皆さんを心苦しく思うのは、端午の節句に合わせて、菖蒲を泥から引き抜くことには気を配るけれど、西方浄土には思いを寄せないことだよ)

 端午の節句は、もともとは旧暦の5月5日(現在の6月上旬から中旬)に行う梅雨時の行事でした。西行は、人々が邪気や疫病を祓い、この世での健康長寿を祈る姿を見ながら、遙か彼方のあの世である西方浄土にも心を向けていました。どのような時でも、仏さまとの結びつきを心に観じていたのです。

 「三世(みよ)の仏の師」という言い回しがあります。「三世」(「さんぜ」とも)は「過去・現在・未来」を意味し、これら三つの世に存在する仏さまを「三世諸仏」と呼びます。仏さまと私たちは、前世から来世までの長い間、深い関係で結ばれているのです。

 ちなみに、「子は一世、夫婦は二世、主従(師弟)は三世、他人は五世」とも言われるようです。「親子の関わりはこの世限り、夫婦の縁はこの世からあの世まで続き、主従や師弟の契りは過去・現在・未来の三世、他人との関係は五世まで続く」というものです。一見、逆ではないかとも思えるのですが、自分から遠くなるほど薄まりがちな人間関係を、改めて見直さなければならないという戒め(方便)でもあるのでしょう。

 「三世の諸仏」をめぐっては、次のような話があります。

 遥か遠い昔のこと。仏さまの名前も聞かない時代に、過去世のことを全て知り尽くし、深い悟りを得た狐がいました。

 ある時、獅子(ライオン)に追われて逃げ回り、深い穴に落ちてしまいました。抜け出す力もないまま何日も過ぎ去ると、「こうして無駄死にする命なら、飢えた獅子にこの身を与えるべきだったのではないか。慈悲心(じひしん)(情け深い心)もなく、我が身を惜しんでしまったのだ」と、他者に施さなかったことを悔やんで、「南無三世の諸仏よ、どうかこの心を照らしてください」と唱えました。

 すると、その声を帝釈天が聞きつけました。声の主を探して、無数の天人と地上に下ってくると、穴の中の狐が様々に賢い話をしています。帝釈天が「どうか、仏法を説いてください」と話しかけると、狐は「法水(ほうすい)(仏の教え)は上から下に流れる。師が低いところにいて、どうやって法を説こうか」と答えました。

 帝釈天はこの狐の言葉を聞いて、自らを深く恥じ、天衣を重ねて高座をしつらえ、狐はその上で法を説いたのでした。

 この話は、師を敬った過去の先例として、「天帝、野干(やかん)を敬う」と言われています。
           (『沙石集』など)

 狐の話を聞いたとき、多くの天人はあざ笑いましたが、帝釈天は違っていました。師もなく、尊大に構えがちになっていた自身を反省し、死を目前に慈悲心を悟った狐に向かって跪いたのです。日頃からどんなに遠いところの出来事にも耳を傾けていたからこそ、即座に狐の元を訪れ、「三世の仏の師」の教えを聞くことができたのでしょう。

  三世の諸仏は、
  一切衆生を
  一子の如く思食し
   (『平家物語』維盛入水)
(一切の仏は、全ての生きとし生けるものを我が子のようにお思いになる)

 優しい雨の音は、親が子の背中をトントンしているようにも聞こえます。その温かな慈愛に応えるように、野山の草木も作物も、空に向かってぐんぐん生長しています。


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最後までお読みくださりありがとうございました。