坊さんブログ、水茎の跡。

小さなお寺の住職です。お寺の日常や仏教エッセーを書いてます。

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お寺の棟札(むなふだ)を調べてみました。

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本堂前の紅梅が咲き出しました。

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「梅一輪 一輪ほどの 暖かさ」

今日は強風が吹き荒れていますが、心なしか心が温かくなりました。

さて、お寺には、普済寺を建てた際に記した「棟札」が遺されています。

 【棟札】むなふだ

建築物の棟上(むねあ)げまたは改築の時、工事の由緒・年月・建築者・工匠などをしるして棟木に打ちつける札。古くは棟木の下面に直接書いたものが多い。むねふだ。
『日本国語大辞典』「棟札」の項

 

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棟札(表)

こちらが表です。

中央に、金剛界大日如来の種子「バーンク」(荘厳体)とあり、「奉再造立本尊金剛界大日如来本堂一宇為自他平等二世安楽也」と見えます。

両脇には、「聖主天中天迦陵頻声 / 哀愍衆生者我今敬礼」として『法華経』「化城喩品」の偈が引かれています(この偈文は、よく棟札に見られるもののようです)。

さらに下の方には「天保七申星 / 六月廿日」、「導師 観音寺現住 法印源誉 / 願主 普済寺 尊海」とあって、天保7年(1836)6月20日、普濟寺第17世尊海和尚の代に、澤観音寺(矢板市沢)の源誉法印を導師として棟上げがなされたことが分かります。

普濟寺は、文化7年(1810)2月27日に火災により本堂が全焼していましたので、再建には25年以上の歳月を要したようです。

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棟札(裏)

裏面です。

金剛界大日如来の種子「バン」があり、「我此土安穏 天人常充満 / 園林諸堂閣 種々寶荘厳」として、『法華経』「如来寿量品」の「自我偈」が記されています。

下の方は、以下のようにあります。

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関わった方の名前を列挙しています。

「當院代 智旵 / 大工 高根沢郷喜五郎地 東作」、「惣檀中 世話人 / 名主 音三郎 組頭 左源治 同 善吾 百姓代 嘉蔵 同 忠兵衛 吉蔵 善蔵」

院代の普濟寺第15世智旵や、御檀家さんのご先祖様の名が見えます。

また大工さんは、高根沢にある喜五郎という土地の東作さんという方だと分かります。

もう少し調べなければなりませんが、高根沢町上高根沢の木内に喜五郎内という土地があるようです。

地図では以下の場所です。

 



安住神社が鎮座するところですね。

ここから普濟寺までは、Google マップの経路検索によると、車で31分、徒歩だと4時間4分と出ました。そうなると泊まりがけの仕事だったのでしょう。

そのうち喜五郎内の辺りを散策してみたいと思っています。


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最後までお読みくださりありがとうございました。




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