坊さんブログ、水茎の跡。

小さなお寺の住職です。お寺の日常や仏教エッセーを書いてます。

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根来寺の信仰、興教大師覚鑁のお姿

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冬至が近づき、ずいぶん日が短くなりました。
午後4時を過ぎるともう真っ暗です。

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山門の明かりを灯しても。。。暗いですね。
この時期はなるべく早めのお参りをオススメいたします。

夏にお堂をお掃除しながら目にした掛け軸。

Facebookのほうでコメントをいただき、興教大師覚鑁(1095~1143)のお姿と分かりました。幕末に大願によって彫られたものに似ており、版木が智積院にあるのではないかとのお教えもいただきました。

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【覚鑁】かくばん

[1095~1144]平安後期の真言宗の僧。肥前の人。新義真言宗の開祖。また、伝法院流の祖。諡号(しごう)は興教大師。高野山に大伝法院・密厳院などを建立し、金剛峰寺とともに座主を兼ねたが、一山の反対にあい根来(ねごろ)に移った。著「密厳諸秘釈」など。密厳尊者。

『デジタル大辞泉』「覚鑁」の項

 

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興教大師覚鑁

色は残っていますが、痛みが激しいですね。
落款には「一乗山大伝法院根来寺」と見えます。

裏には、「明治四十五年一月十日 登拝記念」、「昭和九甲戌三月念一日 寄附 〇〇〇〇〇」と記されています。

明治45年(大正元年、1912年)に根来寺で頂いてきたものを、昭和9年(1934年)3月21日に普済寺に寄附してくださったようです。弘法大師空海(774~835)が入定されたとされる3月21日に合わされたのでしょう。

もう少しキレイに撮ってみました。

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興教大師覚鑁


先日、寄附してくださった家の方とお話しする機会があり、この掛け軸を見ていただきました。根来寺にお参りされたのは2代前のご先祖様とのことで、たいへん信仰されていたそうです。お祖父様の筆跡にも感激されていました。

今後も末永く大切に保管させていただきます。

お話によると、この御檀家さんのお宅の蔵には、まだまだ掛け軸が眠っているとのこと。いずれ機会を見つけて拝見できればと思っています。


     ※      ※

最後までお読みくださりありがとうございました。

 

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