坊さんブログ、水茎の跡。

小さなお寺の住職です。お寺の日常や仏教エッセーを書いてます。

「無常」のお話⑦~「哀れみ」から「思いやり」へ、「貧」から「清貧」へ~「法の水茎」78

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昼頃まで風の強い一日でした。

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黒猫

いつもの黒猫もお散歩中のようです。風の吹くまま気の向くままでしょうか。


今回の文章は、「無常」をテーマとして、「思いやり」の新芽を準備することについて書いたものです。

    ※      ※

「法の水茎」78(2018年12月記)





  雪降れば 木ごとに花ぞ 咲きにける
   いづれを梅と わきて折らまし
          (『古今集』紀友則)
(雪が降って、どの木にも真っ白な花が咲いたよ。いったいどれを本当の梅の花と見分けて手折れば良いのだろう)

 師走に入り、日本列島各地から初雪の便りが届くようになりました。冷たい木枯らしが木々の葉を吹き払い、視界が開けた冬空を仰げば、今にも雪が舞い落ちそうな凍雲(とううん)が垂れ込めています。

 この「雪降れば」の歌では、枝に積もった雪を白梅に見立てています。春を心待ちにしているからこそ、真っ白な雪を梅の花と見紛うのでしょう。まるで白銀の景色から、芳しい早春の香りが漂ってくるようです。

 ところで、第2句「木ごと」を漢字にすると「木(き)毎(ごと)」となり、この2字を合せると「梅」という字になります。「寺」を壊すと「土(ど)寸(すん)」(ドスン)と音がするという謎かけがありますが、ここにも気のきいた言葉遊びが隠されています。

  春を待つ 花の匂ひも 鳥の音も
   しばし籠れる 山の奥かな
       (藤原良経『秋篠月清集』)
(春の訪れを待っている花の香りも鳥の囀りも、しばらく冬ごもりをする山奥であるよ)

 下旬になれば、二十四節気の「冬至」が巡ってきます(今年は12月22日)。冬至は、1年で最も夜が長くなる日。冬山では植物も枯れ果て、動物たちも冬眠に入ります。

 冬至は太陽の力が弱まることから、昔は「死に一番近い日」と考えられました。そのため南瓜(かぼちゃ)を食べて英気を養い、「冬至」に「湯治(とうじ)」を掛けて「柚子湯」で体を温めるなど、さまざまな先人の知恵が活かされてきました。高尾山薬王院においても、冬至前日の夕刻からは「星まつり祈祷会(きとうえ)」という法会が執り行われます。厳しい冬を乗り切きるための無病息災を願い、今年も夜通しの祈りが捧げられます。

 冬至を過ぎれば、今度は日一日と日が延びていきます。『徒然草』に「桜の花盛りは、冬至から150日目とも、時正(じしょう)(春彼岸の中日)の後の7日目とも言うけれど、立春から75日目と言えば、だいたい違わない」(161段)と見えるように、冬至を一つの区切りとして、ゆっくりと春へと向かっていくのでしょう。

 ところで、年末の大晦日は、どのように過ごされますか。紅白歌合戦に除夜の鐘、年越し蕎麦などが現代の風物詩でしょうか。かつての大晦日は、年神様を眠らずに待つ夜でもあり、お盆と同じように、亡きご先祖様の魂を静かにお迎えする日でもありました。宮中では、悪鬼を追い払って新年を迎える「追儺(ついな)」(鬼やらい)という年中行事が行われ、それは今の節分の豆撒きへと受け継がれています。大晦日は1年の節目として過ぎ去った日々を振り返り、神仏のご加護に感謝しつつ、新たな年の幸せを祈る日でもあるのです。

 大晦日の様子については、次のような不思議な話も伝わっています。

 昔、尾張国(現在の愛知県西部)に、円浄房(えんじょうぼう)という僧がいました。ずっと貧乏暮らしで、年齢も50歳ばかりに及んでいました。

 弟子の僧1人と、小法師1人がいて、その者たちに「このように、長年の貧しい生活が悲しいので、貧乏をここで追い払おうと思うのだ」と話すと、12月の大晦日の夜に、桃の木の枝を皆で持ち、呪文を唱えて、家の中から、次第に物を追うように枝を打ちながら、「貧乏神殿よ出て行かれよ、出て行かれよ」と言いながら、門まで追い払い、そのまま門を閉ざしてしまいました。

 するとその後の夢に、痩せこけた僧が現れます。その僧は、古いお堂に座りながら「長年お側にお仕えしておりましたが、追い出さるので、お暇しました」と言いながら、雨に降られて泣いていました。その姿を見た円浄房は「あの貧乏神は、どれほど辛く思っているだろう」と語って、一緒に泣きました。本当に情け深い人柄です。

 それからというもの、円浄房は暮らしに不自由することなく過ごしたそうです。貧乏は前世の行いによって決まるもので、多くは仏や神も助けられないのに、この話はとても不思議なことでした。
             (『沙石集』)

 末尾に「不思議」とあるように、この話は普通では考えられないような出来事です。円浄房ら3人は、邪気を払い病を除くとされた桃の木を使って、貧しさから抜け出そうとしましたが、そこに現れたのはまるで自分を鏡に写したかのような貧乏神でした。これまで同じような境遇を送ってきたからこそ、円浄房はその辛さを理解して共に泣いたのでしょう。自らの貧しさへの「哀れみ」が、他への「思いやり」に変化したとき、これまでの「貧(ひん)」も「清貧(せいひん)」へと昇華したのかもしれません。

 「冬来りなば春遠からじ」という言葉もあります。雪の枝にも蕾が潜んでいるように、この1年を振り返りつつ心の新芽を準備し、新しい春の訪れを自然とともに待ちわびたいと思います。

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最後までお読みくださりありがとうございました。