坊さんブログ、水茎の跡。

小さな寺院の住職です。お寺の日常や仏教エッセーを書いてます。普濟寺(普済寺/栃木県さくら市)住職。

「不邪淫」のお話①~心の変節、愛の行為~「法の水茎」48

木々も色づいています。

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モミジ

このモミジの葉は、茶色に色づいてから緑に変わってきました。


今回の文章は、十善戒の「不邪淫(ふじゃいん)」をテーマに、道に外れた愛をめぐって書いたものです。
 
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「法の水茎」48(2016年6月記)




 雨に打たれて、紫陽花がしっとりと色づいています。もともと紫陽花は、集まるという意味の「集(あ)つ」と、濃い青色を表す「真(さあい)」が合わさって名付けられたと言われています。小さな花弁は土壌によって青くなったり紅くなったり……さまざまな模様を見せてくれます。雨の日が続くと気分も沈みがちになりますが、美しい花を咲かせる恵みの雨と思えば、心模様も明るくなります。

  うちしめり 菖蒲ぞ香る 時鳥
   鳴くや五月の 雨の夕暮れ
       (『新古今集』藤原良経)
(湿り気を含んだ空気に、菖蒲が香りを放っている。時鳥が鳴いている、五月雨の夕暮れよ)

 「梅雨の宵晴れ」とも言われるように、夕方になると晴れ間が覗くことがあります。夜の帳が下りるとともに、休んでいた嗅覚や聴覚が研ぎ澄まされていくのでしょうか。梅雨時の湿った空気に乗って漂う菖蒲の香りや時鳥の鳴き声に、はっとさせられた驚きが表現されています。

 6月も下旬になると、早くも「夏至」を迎えます(今年は6月21日)。夏至は、1年で昼が一番長く、夜が一番短い日。「秋の夜長」とは言いますが、この「夏の短夜」に、皆さんは何を思うでしょうか。

  おほかたに 五月雨るるとや 思ふらむ
   君恋ひわたる 今日のながめを
           (『和泉式部日記』)
(あなたはこの雨を、いつもと変わらない五月雨と思って眺めているのでしょうね。本当はあなたを恋い慕う私の物思いの涙が、今日の長雨となっているのですよ)

 この時期に降る雨を「五月雨」と呼びます。梅雨入りの頃はしとしとと降り、夏至を過ぎて梅雨明け間近になると、時に豪雨となって降り注ぎます。「五月雨」は「さ乱れ」に通じているように、晴れ間が少なく、長雨に降り籠められる日々が続く中で、心乱れながら物思いに沈んでしまう時間もあるでしょう。

 いつまでも降り続く長雨を「淫雨(いんう)」と言います。「淫」という漢字には「物事に深入りする」「度を越える」という意味があるように、必要以上の雨は歓迎されるものではありません。

 それは、人間関係においても同様でしょう。例えば男女の仲に関しても、心を寄せる相手を想う気持ちは大切ですが、行き過ぎた行動は慎まなければなりません。仏教では、道に外れた邪で節度のない愛の行為を「邪淫(じゃいん)」と説いて戒めています。

 異性に対する欲望(淫欲)をめぐっては、次のような話があります。

 昔、和泉の国(今の大阪府和泉市)の国分寺というお寺に、鐘撞きの寺男がいました。いつも鐘を撞いていましたが、その寺に祀られている吉祥天(福徳の女神)の絵を見ているうちに、いつしか恋い慕うようになっていました。

 数ヶ月を過ぎて、男は夢を見ました。いつものように吉祥天女を想っていると、天女は急に動き出し、「いつも私に想いをかけてくれて嬉しく思いました。私はあなたの妻になりましょう」と語ります。次に逢う日を告げられると、夢から覚めたのでした。

 いよいよ当日のこと。約束の場所に行ってみると、目の前に見目麗しい女房が現れ、男に向かって語り始めました。「私はあなたの妻になりました。くれぐれも他の女に心を移してはなりませんよ」と。男が受け入れると、新たな二人の生活が始まりました。

 さて、数年後のこと。旅先の男の前に、器量の良い娘が現れます。いつの間にか親密な関係になると、数日の間、身近に置いたのでした。

 家に帰ると、女房の機嫌は悪く、「なぜ、あれほどまでに誓ったことを破るのですか」と怒ります。そして「私はもう帰ります。ここにはいられません」と言い放つと、男の言い訳も聞き入れずに、どこともなく姿を消してしまったのでした。
                (『古本説話集』下)

 裏切りの心を「二心(ふたごころ)」と言います。男が天女に心を寄せる、混じり気のない「一心(ひとつこころ)」(直心)は、多くの幸せを呼び込みました。ただその心に亀裂が入って、あれこれ迷う心(二心)が生じたとき、全ては儚く崩れ去ったのです。

  二心 ありける人の 折る花は
   一つ色にも咲かずぞ有りける
        (『続詞花集』輔親)
(2つの心を持つ人が手折った花は、ただ一色にも咲かないものです)

 紫陽花は、色が移り変わることから「七変化」とも呼ばれます。花の美容に心を奪われても、「心の変節」を戒め、ただ「一節(ひとふし)」に生きなければと誓います。

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最後までお読みくださりありがとうございました。