坊さんブログ、水茎の跡。

小さなお寺の住職です。お寺の日常や仏教エッセーを書いてます。

「怨憎会苦(おんぞうえく)」のお話①~心を捨てた修行~「法の水茎」45

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鑑賞期間が長いお花です。

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クリスマスローズ

クリスマスではなく、この時期に楽しめるのが面白いですね。
これから夏にかけて、休眠状態に入るそうです。


今回の文章は、四苦八苦の「怨憎会苦(おんぞうえく)」をテーマに、この世を嫌うことなく、人々との交わりを続けることの大切さについて書いたものです。

    ※      ※

「法の水茎」45(2016年3月記)



  柴の庵に とくとく梅の 匂ひ来て
   優しき方も ある住処(すみか)かな
          (西行『山家集』)
(柴ぶきの粗末な家に、誇り高い梅の香りが漂ってくる。優雅な住まいであるよ)

 心地良い東風に乗って、いよいよ本格的な春が近づいてきました。陰暦3月の異名「弥生(やよい)」は、野山の草木がいよいよ生い茂る様子を表す「弥生(いやおい)」から転じたものと言われています。春の息吹に急かされるように、冬籠りをしていた動物たちも目を覚まします。

 3月も半ばを過ぎれば、少しずつ桜の便りも聞こえるでしょう。音もなく降る春雨を眺めながら、今か今かと桜の開花を待ちわびます。

 春は「出会いと別れの季節」とも言われます。「春風駘蕩(しゅんぷうたいとう)」という成句のように、いつも長閑に、何事もなく穏やかに過ごしたいと願っても、目まぐるしい変化を前にして、いつしか心はそわそわと落ち着かなくなるものです。喜びと悲しみが交互に巡り来る季節なのかもしれません。

  花散らす 風の宿りは 誰か知る
   我に教へよ 行きて恨みむ.
          (『古今集』素性)
(桜を散らす風の住まいを誰か知っているだろうか。知っていたら教えてほしい。「花を散らさないで」と、行って恨み言を言いたいから)

 あれほど心待ちにしていた春の風も、見事な満開の桜の前では、つい恨まれてしまうようです。「恨む」の語源は「心見る」で、相手の「心の裏」を知りたいという不安な気持ちが込められています。人間は、同じ相手であっても、その時々によって、満ち足りたり、不満に思ったり……なかなか心安まるときがありません。どのようにしたら、心の平安が得られるのでしょう。

 平安時代の初め頃、玄賓(げんぴん)という人がいました。奈良のお寺の徳の高い僧侶でしたが、この世(俗世)を離れたいという思いが深く、他の僧侶との付き合いも好みませんでした。三輪川のほとりに小さな草庵を作って、人目を避けるように生活していました。

 高僧の誉れが高かったため、天皇が招き迎えようとしましたが、玄賓僧都はそれを断り、誰にも知られないように姿を消してしまいます。弟子たちは行方を探しますが、見つけることができません。世間の人々は嘆き悲しみました。

 その後数年を経て、弟子の一人が北陸へ旅していた道中のこと。ある所に大きな川がありました。渡し舟を待って乗り込んだところ、その渡し守(船頭)は、髪が伸びて、汚らしい麻の衣を着た法師でした。「みすぼらしい男だな」と見ていると、次第に師匠の玄賓僧都のように思えてきたのでした。

 こうして帰り道に、今一度その渡し場に行ってみると、既に別の船頭に変わっています。胸がふさがり、詳細を尋ねてみると、「その法師は卑しい身分に似合わず、常に心を澄まして、仏を念じて、船賃を取ることもなく、物を貪る心もなかった。里人からも好かれていたが、どういうわけか、先ごろ突然姿をくらましてしまったのだよ」と教えられます。悔しく、やるせなく思ったけれど、僧都は、きっと自分の居場所が知られたと思い、また去って行かれたのだろうと思い巡らすのでした。
             (鴨長明『発心集』)

 僧侶として出家し、この世を避け離れることを「厭う」と言います。玄賓僧都は「安心」を求めて、慌ただしく移ろい行く俗世間を遁れたのでしょう。世間を捨てるには、「世を捨て」「身を捨て」「心を捨てる」という三段階があると言います(無住『沙石集』)。

 玄賓は、清らかな川辺で身を浄め、自然を感じながら心を研ぎ澄ませていました。それはまさに、名誉などの執着を離れた「心を捨てた修行」であったことが想像されます。

 「厭う」と似た言葉に「嫌う」があります。「嫌う」が「相手を積極的に切り捨てる」のに対して、「厭う」には「相手を避けて身を引く」という意味合いがあります。玄賓は、この世を完全に「嫌う」ことなく、船頭として身をやつしながら、人々との交わりを続けていました。これは、高僧としてまつりあげられることを避け、一人の人間として、あらためて今生きている世界を見つめ直したかったからではないでしょうか。

  慈眼等しく見れば、
  怨憎会(おんぞうえ)の苦もなし。
         (『栄花物語』)
(慈愛に満ちた優しい眼で平等に見れば、怨み憎むものに会う苦しみもない)

 物事の橋渡しをすることを「津梁(しんりょう)」と言い、仏教では「人々を救って幸せに導く」という意味になります。「船頭」をしながら玄賓は、幸せの向こう岸に人々を「先導」していたのかもしれません。小舟がたゆたう春の川辺には、きっと芳しい色とりどりの花が咲き乱れていたことでしょう。

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最後までお読みくださりありがとうございました。