坊さんブログ、水茎の跡。

小さなお寺の住職です。お寺の日常や仏教エッセーを書いてます。

「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」のお話①~仏様でさえも避けられなかった苦~「法の水茎」44

今日は八十八夜です。
「野にも山にも若葉が茂」っています。

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裏参道のお茶の木

子供の頃は茶摘みをして、自家製のお茶を作っていました。
蒸し暑くなった部屋から、外へと逃げ出した記憶があります。


今回の文章は、四苦八苦の「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」をテーマに、人間の肉体と心は思うようにならないことについて書いたものです。

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「法の水茎」44(2016年2月記)




  初夢に 古郷を見て 涙かな
       (小林一茶『寛政句帖』)
 この句は、江戸時代後期の俳人、小林一茶(1763~1828)が俳諧修行の旅先で詠んだものです。32歳になったばかりの一茶の初夢には、どのような故郷信濃の光景が蘇ったのでしょうか。寒さの残る春先に一人流した、懐かしく温かな涙だったのかもしれません。

 先月号で取り上げたように、初夢は古くは節分の夜(立春の朝)の夢でした。やがて大晦日や元旦へと移り、今では正月2日に見る夢と言われています。今年私も2日の夜には、「なかきよの」という「回文歌(かいぶんか)」(上から読んでも下から読んでも同じ音になる歌)を書いた和紙で「宝船」を折り、枕の下に敷いて床に就きました。結果はいつも通りの朧気な目覚めでしたが、節分の夜に、もう一度試してみようと思っています。

 節分の夜が明けると、いよいよ春の到来です。豆撒きの大声によって、寒さも追い払われたのでしょうか。いつしか柔らかな東風が、池の水面や木々の葉先を揺らしながら、春の訪れをそっと告げています。

 年の始めを元旦とするなら、「立春」は季節の始まりです。夏も近づく「八十八夜」や秋の「二百十日」などは、立春の日から数え始めています。これから少しずつ草木芽吹いて、さまざまな自然の姿を私たちに見せてくれるでしょう。

  君ならで 誰にか見せむ 梅の花
   色をも香をも 知る人ぞ知る
         (『古今集』紀友則)
(あなたでなくて、誰に見せたらいいのでしょう。この梅の花の色も香りも、美しさを分かってくれるのは、あなただけです)

 梅は、松・竹とともに、冬を堪え忍んだ友達(歳寒三友)と言われます。「梅は花の兄、菊は花の弟」という言い回しがあるように、まだ春浅き中に、いち早く可憐な色香を現してくれるのです。

 「風待草」や「匂草」とも呼ばれる梅には、「好文木」という異名もあります。これは「文を好めば則ち梅開き、学を廃すれば則ち梅開かず」という中国の故事から名付けられたとか。思い起こせば、20歳の頃に高尾山で2ヶ月ほどの冬籠もりをしましたが、修行も終わりに近づいた頃、いつものように諸堂を参拝していると、奥の院不動堂の片隅に一輪の梅の花が咲き初めていました。日々お経を唱え続け、慣れない所作を繰り返し習っていた自分を見守ってくれていたのかと嬉しく感じたのでした。あの梅の花は、今年も優しく微笑んでいるでしょうか。

 旧暦2月15日は、お釈迦様が入滅(仏が亡くなること)なされた日です。この日高尾山では、入滅の場面を描いた「仏涅槃図(ぶつねはんず)」を拝しながら、お釈迦様の慈愛を思い慕う「釈尊涅槃会(しゃくそんねはんえ)」が執り行われます。4月8日の「灌仏会(かんぶつえ)」、12月8日の「成道会(じょうどうえ)」とともに三大法会の一つである「涅槃会」では、新たな春の息吹を感じつつ、お釈迦様の命の末期に思いを馳せます。

 お釈迦様の入滅をめぐっては、日本において次のような話が伝わっています。

 仏が80歳になったとき、弟子の阿難(あなん)に語りました。「私は今、体中が痛んでいる。あと3ヶ月ほどで亡くなるだろう」と。阿難は仏に尋ねました。「仏様はすでに全ての病を遁れています。それなのにどうして、痛みに苦しまれているのですか」と。

 すると仏は起き上がり、大いなる光を放って世界中を照らしました。光によって全ての人々の苦しみを取り除き、満ち足りた安楽を与えたのでした。

 さて、2月15日の夜半のこと。辺りを見回すと拘尸那城(くしなじょう)近くの栴檀(せんだん)(白檀)の木は悉く枯れ果て、菩提樹(ぼだいじゅ)の木の実は落ちきっていました。沙羅双樹(さらそうじゅ)を吹き抜ける風は寂しく、跋提河(ばつだいが)の波は凄まじく荒立っています。

 仏が獅子のように右脇を下にして横たわると、弟子たちを始め、多くの生き物が集まり、草木までもが一心(ひとつこころ)に悲しみの色を帯びました。いよいよ仏が入滅したとき、悲嘆の喚(おめ)き声は三千世界に響き渡ったのでした。
         (『今昔物語集』『宝物集』など)

 お釈迦様は、命ある者には必ず死があり、始めがあれば終りがあり、会えば別れがあり、楽しみの先には悲哀があること教えてくれました。仏でさえも免れなかった「苦」を、私たちは避けて通ることができないのです。

  古の 別れの庭に 会へりとも
   今日の涙ぞ 涙ならまし
       (『後拾遺集』光源)
(遠く過ぎ去ったお釈迦様との別れの場に立ち会ったとしても、その時に流した涙と今日の涅槃会の涙は同じものです)

 春を迎えて、山々にも霞が棚引いています。お釈迦様の恩徳を偲んで一心に祈り続けたとき、一筋の光明が、霞を分けて心の中を照らすことでしょう。

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最後までお読みくださりありがとうございました。