今日はお釈迦様の誕生日です。
日本各地で「おめでとう」の心が広まっています。
ただ私の地元の「花祭り」は、選挙の関係から、1週間遅れの14日(日)になりました。これから準備に取りかかります。
この辺の桜も、いよいよ満開の時を迎えています。
このお寺は桜の名所には程遠いですが、ゆっくりと一本桜のもとで眺めるのも良いものです。ユキヤナギ越しの桜もキレイですね。
今回の文章は、六根の「眼」や「耳」をテーマに、ホトトギスの鳴き声について書いてみたものです。
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「法の水茎」23(2014年5月記)
目には青葉 山ほとゝぎす 初松魚
この時期に耳にする言葉です。江戸時代の俳人、山口素堂(1642~1716)が鎌倉で詠んだ俳句です。初句の「目には青葉」は、後に調子を合わせて「目に青葉」として伝わりました。
目には新たに芽ぐんだ若葉が映り、耳を澄ませばホトトギスの鳴き声が聞こえてくる。海に目を転じれば、黒潮に乗って北上してきた走りの鰹が水揚げされている。
初夏の風物を、人間が持つ視覚・聴覚・味覚で表現した句と評されています。前号で「六根」(6の器官)について書きましたが、ここには夏の香り(嗅覚)や、爽やかな風が頬を撫でていく感覚(触覚)なども、言外に込められていることでしょう。「旬」のものに全身で触れることは、身体のみならず心(意識)にも良い影響を与えるのです。
今の季節にピッタリの歌もあります。
卯の花の 匂う垣根に
時鳥 早も来鳴きて
忍音もらす 夏は来ぬ
歌人、佐佐木信綱(1872~1963)が作詞した明治時代の唱歌「夏は来ぬ」です。小学校時代に歌われた方もおられるのではないでしょうか。この第1番には、白い卯の花(空木)が青空のもとに咲き乱れ、庭の垣根には早くもホトトギス(時鳥)がやって来て、声をひそめるように初めての鳴き声(初音)を響かせている、という初夏の一瞬の光景が鮮やかに写し取られています。
高尾山には5月頃に赤翡翠という鳥もやって来ますが、このホトトギスも夏の到来を告げる渡り鳥として、古くから日本人に慕われてきました。ホトトギスは、時鳥・不如帰とも表記され、文目鳥・童鳥などという多くの異名も持っています。中には「魂迎え鳥」「死出の田長」とも呼ばれるように、人間の魂を呼び戻す招魂の鳥としても、また死出の山(冥途にあるという険しい山)を越えて来て、田植えの時期を知らせてくれる鳥としても大事にされてきました。
さて、平安時代の終り頃のお話。奈良の興福寺に永縁(1048~1125)という僧がいました。
その頃の日本は、打ち続く戦乱や火災によって酷く荒れ果てた状態でした。南都(奈良)でもたくさんの僧侶が亡くなり、生き残った者も山林に隠れて、寺には誰一人として残っていませんでした。ずっと大切にされてきた仏像や経典も、放たれた火によって煙となって高く立ち上っていました。
永縁は、その惨たらしい様子を目の当たりにし、「あな、あさまし」(ああ、情けない)と胸騷ぎを覚えます。あれこれ思い悩んだ末に病にかかり、程なくして亡くなられたと伝えられています。
仏法の衰えを嘆き悲しんだ永縁は、実は優雅で情け深い心の持ち主でもありました。ある時、ホトトギスが鳴くのを聞いて、
聞くたびに 珍しければ ほととぎす いつも初音の 心地こそすれ
(ホトトギスの声を聞くたびに、初めて聞くように珍しいので、いつも初音を聞くような気持ちがしていることよ)
という和歌を詠んだと言います。それ以来、永縁は周りから親しみを込めて「初音の僧正」と呼ばれるようになったのでした。
(『平家物語』「新院崩御」)
永縁は、学僧(学問にすぐれた僧侶)でもあり、風雅の心も持ち合わせていました。鳥の声に耳を傾けることが、仏道修行の助縁(助けとなる縁)ともなっていたのでしょう。いつも初声のように聞こえていた永縁にとって、ホトトギスの鳴き声は、仏法を伝える汚れなき仏様の声として届いていたのかもしれません。この「聞くたびに」の歌は、永縁の深い経験を踏まえた格言として、広く後世に語り継がれていきました。
高尾山薬王院を開かれた行基菩薩(668~749)には、次のような和歌も伝えられています。
山鳥の ほろほろと鳴く 声きけば 父かとぞ思ふ 母かとぞ思ふ
(『玉葉和歌集』)
(山鳥がほろほろと鳴く声を聞くと、父かと思うよ。母かと思うよ)
歌の「ほろほろ」という言葉には、鳥の鳴き声とともに、涙が静かに零れ落ちる姿も掛けられていることでしょう。お父さん、お母さんは、私たちの側で何を思って「ほろほろ」と涙を流しているのでしょうか。心地よい5月の風を浴びながら、初々しい鳴き声の中にもまた生きる手本を探してみます。
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最後までお読みくださりありがとうございました。