坊さんブログ、水茎の跡。

小さなお寺の住職です。お寺の日常や仏教エッセーを書いてます。

「空」のお話①~西行と明恵、人の心は空のように~「法の水茎」11

今日も暖かな一日でした。 

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水屋前の梅

良い香りです。

今日の文章は、「空」をテーマに、西行法師と明恵上人との対面で語られた歌論義について書いたものです。

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「法の水茎」11(2013年5月記)



 最近、空を見上げたのはいつですか?季節は今、田植えを終えた早苗田に、5月の爽やかな青空がどこまでも広がっています。

 ふと思えば、最近は空を仰ぎ見ることが少なくなりました。幼い頃に、大地に寝そべって見つめた大空は、今も同じように存在しているというのに……。

 20歳くらいの学生に尋ねてみても、やはり身近に自然を感じることがめっきり減ったと答えます。日々の生活の中で、どうしても目先の事柄に振り回されてしまい、ぼんやりと遠くを眺めやる「心の余白」が無くなっているのかもしれません。

 歌聖(すぐれた歌人)として称えられる柿本人麻呂に、次のような歌があります。

  天の海に 雲の波立ち 月の船 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ
                           (『万葉集』巻第7)
(天の海に雲の波が立ち、月の船が星の林を進んで、漕ぎ隠れて行くのが見える)

 古の人々は、広々とした大空を「天の原」と呼び、神々が生まれ出る場所として崇めました。人麻呂は、その「天の原」を「海」に見立て、湧き上がる「雲」を「波」に、輝く「月」を門渡る「船」に、満天の「星」を「林」に喩えています。まさに歌聖と称するに相応しい、壮大な世界の只中から詠み出された歌と言えるでしょう。人麻呂は、天上に照り輝く夜空に身を置きながら、澄み切った神々の世界を間近に観ていたのかもしれません。

 弘法大師空海(774~835)もまた、果てしない大空に人間の心を重ね合わせました。

  浮雲は何れの処にか出でたる
  本は是れ浄虚空なり
  一心の趣を談ぜんと欲ふに
  三曜天中に朗かなり
                          (『性霊集』巻第3)
(空に漂う浮雲は、いったいどこから現れ出たのだろう。もともとは浄らかな空(虚空)から生まれたのです。一つ心(全宇宙)を語ろうとするならば、それは三曜(日・月・星)の光が、天に明るく輝いているようなものです)

 「浮雲」という言葉には、行く当ても定まらない身の上や、「浮き」に「憂き」が掛けられて、苦しい世の中も暗示されています。空には雲が付きもののように、浄らかな世界(虚空)と、苦しみの多い世の中(煩悩の雲)は、決して無関係ではありません。このことを深く理解できたとき、空海が思い描いている煌めき渡る光の相に融け込むことができるのではないかと考えます。

 ではどのようにしたら、悟りの心境に一歩でも近づくことができるのでしょうか。その手がかりとして、西行法師(1118~1190)の逸話を取り上げてみます。生得(生まれつき)の歌人と呼ばれた西行は、年若い明恵上人(1173~1232)に向かって和歌の奥義を語りました(『明恵上人伝記』巻上。私に要約して現代語訳)。

 「私が歌を詠むのは、普通とは違っている。花や郭公、月や雪など風情(美しさ)に対しても、全ては真実ではなく、仮の姿であることを知っている。また私が詠み出す和歌は真言であって、全てが真実の言葉である。花を詠んでも本当に花とは思わず、月を詠んでも本当に月だと思わず、ただ縁(結びつき)や興(面白み)に動かされるままに和歌を詠んでいる。それは虹が架かれば空は彩られ、太陽が輝けば空は明るくなるのに似ている。大空は、本来は明るいものでも色の付いたものでもない。私はこの大空のような心の上に、いろいろな風情を詠むけれども、決して跡を残さない。和歌というものは、実はそのまま如来(仏)の真実の姿なのである」

 西行は、四季が織りなす感動を歌に託しながらも、そこに執着(とらわれの心)はありませんでした。人の心は空のように、悲しいことがあれば掻き曇り、嬉しいことがあれば七色に染まります。ただ暫くするとまた本来の空に帰って行くのです。西行は、今この瞬間に心を揺さぶりつつ、全体を見渡した平静な眼差しも持ち合わせていました。この両面が備わっていたからこそ、深い「あはれ」(風情)を観じ取ることができたのでしょう。空海が説くような光り輝く世界が眼前に広がっていたのかも知れません。

 西行は和歌によって仏法を会得(自分のものとすること)し、ある境地に辿り着いたと言います。

  一首読み出でては、一体の仏像を造る思ひをなし、

  一句を思ひ続けては、秘密の真言を唱ふるに同じ。
(一首の和歌を詠むたびに、一体の仏像を造る思い。一句を思い続けるときは、秘密の真言(お経)を唱えるのと同じ気持ち)

 西行にとっては、花や鳥、あらゆる自然界の動きが、仏の心と結びついていました。この思いを胸に、和歌と仏道の道を歩んでいったのです。

 西行は、明恵に次の歌を披露しました。

  山深く さこそ心は 通ふとも 住まであはれは 知らむものかは
(山深くまで思いを馳せたとしても、実際に住んでみなければ、心に染み入る感動を得ることはできない)

 歌の中の「住む」には「澄む」が掛けられています。頭で理解するだけではなく、その中に身を置くことによって、次第に心が澄み渡っていくのでしょう。

 高尾山は自然にあふれています。いつもの俯きがちな自分を少しでも解き放つことができたら、日ごろ気づかなかった「何か」に出合えるでしょうか。皆さんの今の心は、どんな色に光り輝いていますか?

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最後までお読みくださりありがとうございます。